考える
会話を録音するのは、後ろめたいことなのか
法律で許されていることと、していいことかどうかは別の問いです。録音をためらわせるものが何なのか、そしてそのためらいが正しいのはどんな場合か。
録音ボタンの上で手が止まる瞬間があります。法的に問題がないと分かっていても、です。
引っかかるものが残る。この記事は、その引っかかりが何なのかについてのものです。
許されていることと、後ろめたくないことは同じではありません。
何が居心地を悪くしているのか
録音が居心地悪く感じられる理由は、たいてい一つです。相手が知らないということ。
会話は、お互いが同じ条件にいるという前提の上で成り立っています。片方だけが記録を残していると、その前提が崩れます。相手は消えていく言葉として話したのに、こちらは残る言葉として聞いていたことになるからです。
これは法律とは別の種類の問題で、だから法が許していると言われても解消しません。
ただ、逆向きの話もあります
同じ理屈をひっくり返すと、こうなります。
言葉はもともと消えます。そして消えることで誰が得をするかは、場面によって違います。
- 同じ場にいたのに、後から二人の記憶が食い違う場合
- 片方はその会話を何度もしてきた側で、もう片方は初めての場合
- 片方が後になって「そんなことは言っていない」と言える立場にある場合
こうした状況では、記録がないことは中立ではありません。記憶が曖昧になっても損をしにくい側が、すでに決まっています。
ですから、録音が問題かどうかは「録音したかどうか」だけでは決まりません。
判断が分かれるところ
いくつかの問いを自分に向けてみると、たいてい整理がつきます。
この場は対等か。 友人との会話と、人事権を持つ人との面談は違います。関係が傾いているほど、記録の意味は変わります。
後から事実関係が争われる可能性があるか。 契約の条件、業務上の指示、診療の説明のように、後から「そうは言っていない」が出てきうる場かどうか。
ほかの方法があるか。 書面でもらえるならそのほうがよい。録音は、ほかの道が塞がっているときの手段です。
この録音で何をするつもりか。 記憶を補いたいのか、後で使う武器を作りたいのか。この二つは同じ行為に見えて、別のことです。
多くの場合、最後の問いで分かれます。
伝えないことと、隠すこと
この二つはよく混同されますが、実際には違います。
伝えないのは黙っている状態です。聞かれれば答えられますし、気づかれればそれで表に出ます。
隠すのは気づかれないように設計することです。画面に何も出ないようにする、別のアプリに見せかける、通知を消せるようにする。
法律が必ずしも分ける線ではありません。ただ、自分がどちら側にいるかはこの基準で分かります。そしてたいていの場合、隠さなければならない気がするなら、その感覚のほうが答えです。
それでも伝えたほうがよい理由
告知義務がなくても、伝えたほうがよい場合は多いです。
まず関係が傷みます。後から知られたとき、録音の中身より録音したという事実のほうが問題になります。一方で、伝えたうえで会話が続いたなら、その会話ははるかに強い記録になります。相手が知りながら話した言葉だからです。
もちろん伝えにくい場もあります。伝えた瞬間に相手が言うことを変える場合、関係上その一言を切り出せない場合。ただ、その難しさ自体が情報でもあります。伝えられない場というのは、もともと対等ではない場だということでもあります。
道具がどちら側に立つか
TalkSafeは、この点について一つ決めて作られています。
録音が進んでいる間は通知が表示され続け、この通知は消せません。 隠す機能はなく、今後も追加しません。アイコンの偽装や、こっそり起動するような機能もありません。
これは機能を削ったのではなく、線を引いたということです。伝えないことはできても、隠すことはできない道具。前の節で分けた二つのうち、どちらに立つかを道具のほうが先に決めている形です。
日本では会話の当事者による録音は違法ではありません。法律の面は別の記事でも触れています。
そしてその後
録音する行為よりも、録音したもので何をするかのほうが大きな問題です。
ファイルを作ることと、それを広めることは別に扱われます。録音が適法であっても、内容を公開すれば名誉毀損やプライバシー侵害になりうる。倫理的な判断も、そこで一度やり直しになります。
ですから多くの場合、録音は使わずに置いておくのが本来の姿です。必要な瞬間が来なければ、そのままにしておけばよい。それがこの道具の本来の使われ方に近いはずです。
会話を録音するのは道徳的に問題がありますか
状況によります。自分が参加している会話を記録すること自体は記憶を補う行為に近いですが、相手が知っていれば言わなかったことを引き出す目的であったり、録音を別の場所で使う意図があるなら性格が変わります。
録音することを事前に伝える必要はありますか
日本を含む多くの国で、会話の当事者に告知義務はありません。ただ伝えたほうが関係のためにはよく、伝えることが難しいと感じるなら、その理由自体を確かめてみる価値があります。
伝えないことと隠すことは違いますか
違います。伝えないのは黙っている状態で、聞かれれば答えられますし、気づかれればそれで表に出ます。隠すのは気づかれないように設計する行為です。録音中であることが画面に表示され続けるか、その表示を消せるかが、両者を分ける実際的な基準になります。
どんな場合に録音が正当化されやすいですか
関係が対等でなく、後から事実関係が争われる可能性があり、ほかの方法では記録が残らない状況です。職場での指示、契約の説明、診療の説明などがこれにあたります。
録音したものを他人に見せてもよいですか
録音する行為と公開する行為は別に扱われます。録音が適法であっても、内容を広めれば名誉毀損やプライバシー侵害になりうるほか、倫理的にも別の判断が必要になります。
会話を録音するのは道徳的に問題がありますか
状況によります。自分が参加している会話を記録すること自体は記憶を補う行為に近いですが、相手が知っていれば言わなかったことを引き出す目的であったり、録音を別の場所で使う意図があるなら性格が変わります。
録音することを事前に伝える必要はありますか
日本を含む多くの国で、会話の当事者に告知義務はありません。ただ伝えたほうが関係のためにはよく、伝えることが難しいと感じるなら、その理由自体を確かめてみる価値があります。
伝えないことと隠すことは違いますか
違います。伝えないのは黙っている状態で、聞かれれば答えられますし、気づかれればそれで表に出ます。隠すのは気づかれないように設計する行為です。録音中であることが画面に表示され続けるか、その表示を消せるかが、両者を分ける実際的な基準になります。
どんな場合に録音が正当化されやすいですか
関係が対等でなく、後から事実関係が争われる可能性があり、ほかの方法では記録が残らない状況です。職場での指示、契約の説明、診療の説明などがこれにあたります。
録音したものを他人に見せてもよいですか
録音する行為と公開する行為は別に扱われます。録音が適法であっても、内容を広めれば名誉毀損やプライバシー侵害になりうるほか、倫理的にも別の判断が必要になります。